− 自己紹介のようなもの −



私がクワガタやカブトに接するようになったのは、当然の事ながら少年時代でした。
多分幼稚園時代の事だと思います。
近所のお兄さんに、親に買ってもらったと言うカブトを見せてもらってからのことだと思います。
その後、ウチの親に海に連れていってもらったとき、側溝に落ちていたカブトを拾った覚えがあります。



小学校当時は昆虫博士と呼ばれ、カブトとクワガタの対決を書いた絵が区展か何かに出された記憶があります。
とは言え、その頃はみんなカブトやクワガタが好きで、私だけ突出してることはないと思っていました。
しかし、1999年に開かれた私の中学の十数年ぶりの同窓会で、
  「今、クワガタに凝ってるんだよ」
と言ったところ、友達から、
  「あぁ、お前は昔から好きだったもんなぁ」
と言われてしまい、やはり、ちょっと特殊だったのかなぁ?と再認識したものです(^^;
ちなみに、この小学校6年間のうちに、ノコ、コクワ、ミヤマおよびカブトを採集しています。
中でも覚えているのは、近所の林で根堀りをし、コクワを一ヶ所で20頭ほど採集したこと。
母方の田舎に行き、近所の山の、ある木の下で20〜30頭のカブトをたこ採れしたことでしょうか。
このカブトの方は、今でも私の両親の想い出話になっています。
  「朝起きたらお前がいなくて心配していたら、山ほどのカブトを採って帰ってきた」

しかしそれでも、青年時代になると、ほとんどのみなさんと同じように、昆虫類から興味を失っていたのです。



それが、ある時、多分1990年頃だと思うのですが、会社にかぶと虫をもってきた人がいたのです。
実はその人は私と同じ部署の人から頼まれて、その人にあげるために持ってきたのでしたが、たまたまもらう側の人が休暇を取っており、行き場の無くなったかぶと虫を私がもらいました。
そうなるともう「昔取った杵柄」とでも言うのか、昆虫に対する興味がもくもくと再発生してきてしまったのです。

もっとも、私の小学生時代、近所の林で採れたのはほとんどがノコとコクワで、かぶと虫となると、千葉とか茨城に旅行に行ったときくらいしかお目に掛かる事がなく、どうしてもかぶと虫の方があこがれは遥かに強かったように思います。
会社の人からかぶと虫をもらった当時、再び近所の林に昆虫採集に行ったときも、目的はかぶと虫であり、クワガタは単なるおまけでした。
(もちろん、採れたクワガタは所詮コクワ、ノコでしたが...)

そのうち、採集だけでなく飼育にも目覚めてきたのですが、私の1990年頃の知識では、
  カブトは翌年の夏には羽化するが、
  クワガタは羽化するまでに3〜4年掛かる。
と言う事であり、気の短い私にとって、クワガタは飼育の対象になりませんでした。

その頃でしょうか、もしかするともう少し前だったかも知れませんが、
  「山梨の方で、オオクワが採れるらしい」
と言う記事を、何かの雑誌で読みました。
広告でその題名を見て、わざわざその雑誌を買うくらいには興味を持ったのですが、残念ながら実際に採集に行くほどまでには気を引いてはくれなかったようです。
今から思うと、当時だったらワイルドが採集できたかも知れないと、残念でなりません。



そうこうしているうち、1995年の夏、会社の同じ部署で、同様にクワガタ採集に行ってる人を見つけました。
もちろん、その段階では近所の林に行くくらいで、山梨とか福島に行くなんてことは考えてもいなかったようです。
私の目的はクワガタではなく、カブトでしたが、まぁ、似たような趣味ですので、当然一緒に採集に行くようになったのです。

秋が来て、冬が来て、昆虫採集には行けなくなりました。
(朽ち気割り採集なんて、まったく知りませんでした)
でも、話題としては当然出ます。
ある時、突然でしょうか、
 「オオクワでも採りに行こうか」
って話になりました。
幸い私は山梨でオオクワが取れるという記事を読んだ事がありましたので、
 「よっしゃ、今度の夏にはぜひ行ってみよう」
と言う事になったのです。

もっとも、山梨と行ってもいささか広いです。
当時の雑誌記事からの記憶で、確か韮崎付近だと覚えていたのですが、さすがにそれだけでは不安でした。
そこで、たまたま始めたばかりのパソコン通信、NiftyServeの掲示板で、
  「オオクワが採れるところを教えて下さい」
とやった訳です。
幸いに親切な方がいらっしゃいまして、
  「韮崎で採れることがあるよ」
と返事をもらいました。
ただし、その方はクワガタに興味を持っているわけではなく、そちらにお住まいの不動産屋さんだとの事でした。



で、1996年の8月、ついに韮崎行きが決行されたのです。
とは言え、今ほど韮崎に関する知識があった訳ではなく、無謀な捜索をした訳で、当然オオクワなんか見つかりません。
(もっとも、今でも見つからないのですが...)
その時の成果は、かぶと虫が10匹くらいと、コクワ1ペア。
但し、特筆すべきなのは、なんと、ヒラタの♀を一匹採集したことです。
もっとも、無知な私は、てっきりオオクワの♀を採集したと思い、帰ってきてヒラタだと分かってがっかりしたものです。
この♀はそのままコクワ、ノコが入ったプラケに入れられ、数日の内には首チョンパされていました。
今から思うと、なんてもったいない事をしたんだろうと思います。

その段階では、韮崎はとっても遠く、年に何回も行けるような所ではなかったため、
  「また来年も行こうね」
とその年の採集を終えたつもりでした。
が、オオクワに未練が残る私は、ついに発見してしまったのです。
それは、インターネットクワガタ界の歴史上、さんぜんと輝くあのr.matsudaさんの「STAG BEETLES」です。
  「おぉ!こんなホームページもあるのかぁ!」
と感動した記憶が、今でも生き生きとよみがえります。

それまで、通信と言えばNiftyの「掲示板」しかなかった私が、それ以来インターネットの虜になりました。
サーチエンジンで「クワガタ」を検索し、
  磯部さんの「おおくわがたって」
  まるばねさんの「Antlers」
  sa10さんの「おおくわがた」
  香川さんの「オオクワガタ・フォーラム」
なんて言う名作を発見するまでに時間が掛からなかった事は、言うまでもありません。

本当は、ホームページを読んで気に入ったら、
 「見ました」
って言って、感想でも書いてメールするのが礼儀だとは知っていたのですが、シャイな私としてはなかなか出来ませんでした。
しかし、ついに決心してSTAG BEETLESのr.matsudaさんにメールを出したところ、うれしい事に返事をいただいたいたのです。

そうして、何回かメールをやり取りしている内に、9月でもクワガタ採集が可能だという事を知りました。
それどころか、ヒメオオクワガタはこれからがシーズンだと言うではありませんか。
  「もう、今年の採集は終わりだ」
と思っていた我々の心に、再び採集の意欲の火がともってしまいました。
そうこうして福島まで採集に行ったのが忘れもしない10月6日です。(7日だったかな?)
夜9時頃出発し、現地に付いたのは夜中の3時頃です。
まったく「スゲエ事になったものだ!」と思いました。
しかも、ヒメオオ・ワイルド、ゲットしてきたのです。
  1♂+3♀
こうして、我々は更に深くクワガタにはまってしまいました。

その後、私はNiftyでFPETANYと言うフォーラムを発見し、私達のようなクワガタ馬鹿がたくさんいて、しかも、我々なんか足元にも及ばないと言う事を知る事になります。
実は、私の発見したインターネットのHPの作者達は殆どここの住人でした。
当然私は、
  「初めまして...」
とやった訳です。



初めてオオクワを購入し、初めて生きたオオクワを見たのが1997年初頭でした。
奈良オオから、54mmの♂と37mmくらいの♀をペアで5000円で購入したと思います。
それまで、
  「オオクワよりヒメオオの方が格好良いんじゃないか?」
なんて考えていた私だったのですが、そんな考えが全くの間違いであったことを知らされました。

この後、前にも書いたNiftyのFPETANYでオフミが開かれました。
私自身は、生まれて初めてのオフミです。
この時初めて、私のクワライフに初めて多大なる影響を与えてくれたr.matsudaさんにお会いしました。
他の参加者は、トナさん、古瀬さん、亀有カブトさん、えーちゃんあたりだったと思います。
そして、また、私の今後のクワライフに多大なる影響を与えてくれたhoshiさんにお会いしたのもこの時でした。
なんと、hoshiさんは韮崎で割り出したというワイルド・オオクワを持参してきたのです。
  「う〜ん、本当にオオクワが採集できるんだ!」
と思ったものでした。
以来、hoshiさんとは何度も採集にご一緒させて貰っています(r.matsudaさんとも何度も一緒に行っています)。
転勤でhoshiさんが広島に移動になってからも、毎年どこかで採集オフしているくらいですので、その影響力は分かろうというものです。

そして、4月、私のクワライフに最大の影響を与えた出来事が発生します。
まちかね掲示板の誕生です。
まちかねさんご本人、掲示板作成者のカミム・ラ・パンさん、そして、もう一方女性?が書き込んだ後の4人目として、私が書き込みました。
最初は、
  「(niftyの)知り合いが作った掲示板だから、ご挨拶に行かなくちゃ...」
と言う程度の、軽い気持ちでの書き込みだったのです。
が、その掲示板がその後インターネット・クワガタ界を席巻した大潮流となってしまいました。
正直言って、まさかそんなことになろうとは思いもしませんでしたが...

8月、小島啓史さんと採集にご一緒することになります。
小島さんとはその後もう一度1998年の6月に、今度は二人きりで採集に連れていって貰っています。
2回目の採集については、私のWEBページでは採集記を書いていませんが、なんと、小島さんのWEBページの中で、たった2例の採集記のうちの一つ、
  甲府盆地でのオオクワガタ採集
として紹介されていますので、興味のある方は是非そちらをご覧下さい。

11月15日、タウン掲示板のオフミが開かれます。
第三の男(^^;あいあんさんに初めてお会いしたのがこのオフミでした。
お互い採集好きであったため、hoshiさんを含め、あっという間に一緒に採集に行くことになったと思います。
但し、内緒で書きますが、あいあんさんの第一印象は、
  「なんだかもっさりしていて、怪しい雰囲気」
と言う感じでした。
今これを読んでくれているあなた、あいあんさんには内緒にしておいて下さいね(^^;

年も押し詰まった12月27日、hoshiさん、r.matsudaさんと韮崎に材割りに行きます。
まるで山登りかと思われた行軍の後、r.matsudaさんがかつてオオクワを割り出したという桜の朽ち木の所に到着しました。
そして、私がゆっくり休み休み割っていると、hoshiさんの、
  「ちょっと来て下さい」
と言う声。
ワイルドオオクワを採集した瞬間を、私が初めて見た瞬間でした。
ちなみにこのワイルドオオクワ♂、hoshiさんが広島に転勤する少し前、何と私が頂いてしまいました。

また、この年、この「勝手にクワガタ!」が完成します。
すでに数多くのクワガタHPが立ち上がっています。
どんなコンテンツにしたら良いのかさんざん迷いました。
が、もともと飼育関係はあまり得意ではありませんでしたので、私の好きな採集をメインにするしかないかなと言うことで、採集記がメインのWEBページにすることにしたのです。
当時、採集記は、
  ・まちかねさんの「オオクワガタって」の中にある「根こそぎ隊が行く」
  ・r.matsudaさんの「Stag Beetles」の中にある採集記
  ・香川さんの「オオクワガタフォーラム」の中にあった愛知産オオクワ採集記
の3つしかなく、また自分自身この採集記を読むのが本当に楽しみでしたので、
  「こりゃ、採集記を書くしかないな」
と言う感じでした。
最初は、フレームレスのWEBページでしたし、掲示板なんかを設置する力もなく、ただ単に採集記だけを列挙したようなWEBページだったのです。

更に、12月には月刊「クワガタ狂の大馬鹿者達」が発行されました。
私も、朽ち木割りに関する投稿でデビューを果たしています。
と言うか、実はクワ力がない私としては採集記かこんなコラムくらいしか書くことがなかったんですね(^^;




年が明けて、1998年。
冬の間に何度か朽ち木割に行っています。
このころ採集した幼虫がhoshi宅、あいあん宅でオオクワになりました。
私が採集した幼虫だって、オオクワになるはずだった奴がいたと思うのです。
が、飼育が下手な私は、これらの幼虫を皆☆にしてしまいました(^^;
ホント残念です。

しかし、6月20日、遂にその日が来ました。
もともとはあいあんさんの声掛けで檜枝岐に行くはずだったのです。
が、肝心のあいあんさんが肺炎で入院してしまい、やむなく韮崎に行くことにしたのでした。
私がポイントを案内する役となったのですが、採れる自信は全くありません(^^;;
ところが、あるポイントで、
  「いた! 大きい!! しかも♀!!!」
私が初めてオオクワを発見した瞬間でした。

7月25日、檜枝岐に採集に行きます。
私はLia氏、Lia友人を同乗させて行ったのですが、何とこの二人は運転が出来ない(^^;
仕方がなく、ひたすら車を走らせた私だったのですが、その苦労が報われて?Lia友人が採集したオオクワ♀をもらってしまいました。
私にとって初めての檜枝岐ワイルドでした。

その後、まちかね掲示板で近畿支部というのが出来、なんとなく支部制が敷かれ始めます。
公式な支部ではなく、支部を名乗った者勝ちと言う感じのものでした。
そんな雰囲気の中、埼玉でもくわへいさん、クワ道の幼虫さん(当時)、私が中心となり埼玉支部が出来ます。
ここでも、実はクワ力はなくても、単にこのインターネットクワガタ界では古株(ちょっとだけなんですが...)と言うことで、私が支部長に任命されました。
本当は、とてもおこがましくて遠慮したかったところなのですが、名前だけみたいな感じでしたので「まぁ、いいか」のような雰囲気でした。
が、私はふと思いつき、埼玉支部のオフミやローカルな話をする場として、埼玉支部掲示板と言うのを作成したのです。
恐らく、まちかね掲示板支部初の支部掲示板だったと思います。
その後、まちかねさんから支部制が公認され、奈良オオとのトラブル後まちかね掲示板の再開と共に支部制が終了するまで、なかなか栄えてくれました。

また、この1998年には、NiftyのFpetanyでボードリーダーと言う役目に就きます。
実はこのころ、私はすでにインターネットの方に活動の中心が移っていたのですが、Fpetanyにはかなりお世話になりましたので、半分恩返しのつもりでした。
ほんの半年間くらいの間でしたが、貴重な経験をさせていただきました。




1999年、私の採集方式が樹液、朽ち木割りから、本格的に街頭・ライトトラップへと移行してゆきます。
もちろん、樹液採集をやめたと言うことではなく、6月16日には地元で初めてヒラタ♂を採集しています。
が、機会があれば檜枝岐に行くという感じになってきました。
ちなみに、毎年行っていた家族キャンプも檜枝岐にしてしまいました(^^;

そして、7月2日、遂に檜枝岐ワイルドを自分の手で採集します。
いやぁ、満足!(^^
更に次を目指し、新たな産地も探しに行くことにしました。
まずは、と言うことで、8月7日新潟方面に行ってみます。
まったくなんの情報もなく、地図だけを頼りに足の向くまま、気の向くままの採集だったのです。
が、これが翌年の新潟参りの予兆だったのですねぇ。
今から思うと不思議なものです。

この年には、namihiroさんとスズリさんが中心となって群馬支部が出来ました。
もともとこの二人は埼玉支部にいたと言うこともあり、私も逆に群馬支部に入れてもらっています。
最初は、群馬で人が集まるのか?と不安だったのですが、今では採集仲間として本当に助かっています。
もちろん、この界隈では有名な「群馬灯火システム」を用意したのはこの群馬支部のメンバーです。




2000年、この年は群馬支部のヒラタ採集オフから幕が開けました。
まぁ、ヒラタにはあまり興味はないのですが、やはり一度くらい樹液に行っとかなくちゃです。
そして、6月15日、たまたま福岡に出張があった私は、福岡在住の香川氏を頼ります。
もちろん、オオクワの日本三大産地のひとつと言われる、「福岡・佐賀」を案内して貰うためです。
今までネット上以外では面識もなかったにもかかわらず、暖かく迎えていただき、福岡の巨匠こと古賀さんにも紹介していただきました。
雨交じりの天候にも関わらず、福岡・佐賀ポイントを案内していただき、日本三大産地のひとつを堪能したことが思い出されます。

そして、6月30日、今年度初の檜枝岐で、またまたオオクワ2♀を採集します。
これで、檜枝岐ワイルドは都合4♀採集したことになります。
「そろそろ次の産地」と言うことで、昨年から狙っていた新潟に行き始めました。
とは言え、行けども行けども、オオクワは採れません。
が、何事も成せば為る!
8月26日、遂に新潟産オオクワ♀を採集します。
(但し、この♀、1幼虫しか産卵せずに☆になってしまいました(;_;)
また、翌週9月1日には遂にオオクワ♂を採集しました。
実はその前、8月4日に新潟で♂を採集していたのですが、こいつは踏まれており、既に瀕死。
翌日には死んでしまったため、幻のオオクワ♂となっています(^^;

また、シーズン終わり近くには更に次の産地を求め、長野方面にも探索の手を広げ始めました。
もちろん、そう簡単に採れるとは思っていませんので、半分以上下見のつもりです。
が、来年、うまいこと新潟産を採集できたら、次は長野方面に挑戦するかも知れません。




2001年5月19日、栃木オフに参加しました。
栃木のなべちゃんがたこ採れしたポイントと言うことで行ってみると、出るワ、出るワ...
一本の朽ち木の残骸から7♀10幼虫が採集されました(他に雨露から2♀)。
まぁ、参加者も多かったので、私が採集したのは2♀とそれだけを見ると驚くような成果ではなかったのですが、全体としては見事なたこ採れでした。

5月26日、実質初のコルリ採集に行きました(以前、一度だけ山梨に行ったことが有りますが、ボーズでした)。
この頃、回りの連中が「コルリ、コルリ」と騒ぐようになり、「まぁ、一度くらい行っておくか」と言うことです。
行ってみた結果、採集はなかなか楽しいものでしたが、私の場合標本の趣味が無いだけに、「採ったはいいものの、これどうしたらいいだろう?」
やはり、オオクワの方が良かったりして(^^;

6月23日、この日は思い切って欲張ってみました。
新潟で街灯採集、朝からコルリ採集、日中はヒメオオ採集、夜は檜枝岐で街灯採集です。
どれもなかなかうまくいきませんでしたが、最後の檜枝岐でオオクワ♀を採集しました。
これで5頭目の檜枝岐オオクワ♀でした。

が、遂に檜枝岐オオクワ採集に完全に飽きてしまいます。
どこか新しい所で採りたい、と言うことで、7月14日には待望の山形へ行きました。
初めての山形なのにもかかわらず、下調べもろくにせずに行ったため、どこを探したらいいのかもわかりません(^^;
なんとなく記憶に残っていた場所を探しましたが、オオクワは採れず。
(後日判ったのですが、やはりここが山形の中でも超有名ポイントでした。)
仕方が無いので、あいあんさんにHelpの電話をかけ、そこから少し離れたポイントを教えてもらいました。
時間的には既に日付をまたいでいたのですが、最後の最後にオオクワ♀をゲット!しました。

後はもう、ひたすら新産地探しに出掛けます。
地図を眺めながら、主に新潟西部、長野方面に行きましたが、まったく成果は上がりませんでした。
まぁ、これは新産地探しの宿命でしょう。

毎年のことですが、シーズン最後はヒメオオ採集です。
この年は、埼玉な連中と檜枝岐に行きました。
また、群馬な連中から聞いた群馬のポイントでも楽しんでいます。




2002年、この年は、例年より早く6月7日から採集をスタートしました。
気候が温暖だったため、多分スタートは早いだろうとの判断です。
新潟に行ったのですが駄目、翌日別件で会津若松に行き、急遽「山形に行ってみようか」と思いつきます。
本当は山形なんて遠くて、そうはいけないと思っていたのですが、「ここまで来れば...」
そして、最後の最後、帰り道で1♀を採集してしまいました。
今から思えば、これが悪夢の始まりでした(^^;
この年は結局、都合4回も山形に通ってしまいます。
それでも、行く度に誰かはオオクワを採集し、私自身も3♀を拾っています。
恐るべし、山形!

で、またまた今度は山形に飽きてしまいます。
7月も半ばを過ぎると新産地探しに出掛け始めました。
本命は長野産だったのですが、8月10日、たまたま通った街灯でオオクワ♀を拾ってしまいました(^^;
しかも、この日一頭目のクワガタがこのオオクワ。
周りにはろくすっぽ山すらないというのに、採れるときには採れるものです(^^;
ちなみにこれは、新潟西部の街灯でした。

8月11日、hoshiさんが福岡から上京されると言うことで、もう一度山形に行きます。
やはり、hoshiさんに採って貰わなければと言うことで、可能性の高い所を選んだのですが、無事2♀を採集。
遂にhoshi−タカコンビの「二人が行く時にはオオクワは採れない」と言うジンクスを破りました。

この後、本来であればいよいよシーズン最後の採集の時期となるのですが、今年は家庭の都合で行けないかもしれません。
もし行けたとしても、ゲリラ的な採集となると思われます。
もう少しオオクワと、これからがシーズンのヒメオオをやりたかったんですけどね。




2003年
この年は1♀しか採集できなかったらしい。
いつどんな状況で採集したのかも思い出せなかった。
仕方が無いので、採集記を...
書いていない(^^;
じゃ、採集記録を...
なるほど、7月5日ね。
じゃ、某掲示板の過去ログを...
と言う事でようやく思い出しました。
なべちゃん、ねくとんさん、私で出撃。
エンダーさん、佐渡2号さん、クッシーさん&ぽんこさんに現地でバッタリの日でした。
確かこの日は結構寒くて、一番最初にねくとんさんと街灯周りに出た、しかも最初の街灯でゲット。
その後はコクワすらろくにいなかったという日ですね。
7月の初めだし、まさかこの年、これだけになるとは思わなかったなぁ。




2004年
たまたま新潟に2泊の出張が入ったので、前の晩から山形に乗り込み、当日は新潟北部、帰宅日はいつもの新潟に行きました。
初日まったくオオクワの影も無く、街灯を見ながら引き上げているときに橋の欄干のところで小さな♀をゲット。
努力賞かと思いました(^^;
これで欲を出して、少し離れたポイントに回り、一番上のほうのやはり橋の欄干のところで大きめの♀をゲット。
来て良かったなぁと...
でも、その後一切オオクワには出会えず。
hoshiさんと行った東北行脚でも撃沈という年でした。
夏が終わるのが早く、8月の中にはもう終わりという感じでしたが、ヒメオオを採りにいったはずの檜枝岐で1♀ゲット。
まさか採れるとは思わなかったなぁ。
しかし、もうこの年には採集に行ってるのか温泉に行っているのか判らなくなってきています。
これからは徐々に温泉にシフトしてゆくのかもしれません。




2005年
まさかねぇ。
下見採集で、それまでコクワ3頭しか見られなかった時に61mmの♂をゲット。
長年やってると、こんなラッキーもあるものです。
あきらめずに通うことが重要ですねぇ。
しかし、今年はこれ1頭で終わったりして...
ありがちなのが怖いです(^^;;;


(続く)




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